言の葉と文字列のあいだ

少しの間、あなたの時間をください。

池井戸潤さん『架空通貨』を読んで

 こんにちは。今週は、猛暑で多忙で腹痛という三重苦に苛まれましたが、何とか乗り越えて無事土曜日を迎えています。

 今日は、読書とそれに関する簡単な思考実験の記事を書こうと思います。文字数多めですが、やさしく書くように心がけますので、よければゆっくりお読みいただけると嬉しいです。

僕がしばしば言及する「ローラー」とはいったい何なのか

 僕は現在、「池井戸作品ローラー」というのを個人的に展開しておりまして、要は池井戸作品で未読のものをできるだけ刊行順に全部読んでいっているのです。先日、デビュー作の『果つる底なき』を読み、今回はデビュー2作目の『架空通貨』を読んだという次第です。

架空通貨 (講談社文庫)

架空通貨 (講談社文庫)

 

 池井戸さんはそんなに多作の作家さんではないのですが、今までに読んだのは、

  • 『果つる底なき』※ドラマ化
  • 『架空通貨』(旧題『M1』)
  • 『銀行総務特命』※ドラマ化
  • 『株価暴落』※ドラマ化
  • 『不祥事』※ドラマ化
  • 『オレたちバブル入行組』※ドラマ化
  • シャイロックの子供たち』
  • 『空とぶタイヤ』※ドラマ化
  • 『オレたち花のバブル組』※ドラマ化
  • 『鉄の骨』※ドラマ化
  • 『民王』※ドラマ化
  • 下町ロケット』※ドラマ化
  • 『かばん屋の相続』
  • ルーズヴェルト・ゲーム』※ドラマ化
  • 『ロスジェネの逆襲』
  • 『七つの会議』※ドラマ化
  • 『ようこそ、わが家へ』※ドラマ化
  • 銀翼のイカロス

以上の18作品。ご覧のとおり、ご存じのとおりもう池井戸作品はドラマ化の嵐で、僕のリストも見てのとおりです。ドラマ化されていない『ロスジェネの逆襲』や『銀翼のイカロス』も「半沢直樹」シリーズの続編で、一時期ドラマ化や映画化の噂がありましたね。多分もう無理でしょうけど...。

 それに対して未読の作品は、

の9作品。『下町ロケット2』は早く読みたいのですが、文庫化はまだ2年ぐらい先でしょうから、またお財布に余裕のあるときに買いたいと思っています(ドラマは見たのでストーリーは先に知っちゃっているのですが...)。それにしても、ご覧のとおりこの未読の作品群の非ドラマ化率よ。

 僕が何を言いたいかと言うと、これが僕が今まで繰り返してきた「○○作品ローラー」の一番辛く苦しいところなんです。これを僕は「ローラーの沼」と呼んでいます。

 ある作家さんに興味を持つと、やはり最初に手に取るのはどうしても代表作品や有名作品、映像化された作品など、「面白い」作品になるのは仕方がないことだと思います。そういう作品は文学賞を取っていたりすることももちろん結構あります。そして、そういう作品は当然面白いからもっと読んでみたくなり、どうしても「面白そうな」作品から順次読んでいくことになります。

 僕はこの段階で、ローラーをやるかやらないかの判断をします。もちろん圧倒的にやらないことの方が多いのですが、池井戸さんはローラーをやろうと決めたのです。

 Twitterには書いたことがあるのですが、僕は大学が文学部独文科の出身で、ドイツ文学の研究をしていました。その当時、僕の卒業論文の指導をしてくれた教授に厳しく指導されたことは、次のことでした。

  1. 必ず原語(ドイツ語)で読め。日本語訳を読んでもいいが、日本語訳を読んだだけで論文を書くな。
  2. 必ずその作家の全ての作品を読め。テーマに選んだ作品を読んだだけで論文を書くな。

 この指導には僕も本当に苦しめられたわけですが、文学研究者としては当然と言えば当然のことだと思っていました。実は、僕はこの2つの教えを、大学を卒業してからも割と守ってきています。

 1.の教えから、大学卒業後、僕は翻訳作品をあまり読まなくなりました。翻訳作品が悪いということではなく、僕が原語で読むことができないからです。日本語でしか絶対に表現できないことがあるように、英語には英語独特の言い回しとか、ドイツ語にはドイツ語独特のリズムとか、原語でしか表現できないことが必ずあります。例えば、僕が最も美しい日本語作品の一つと考えている、川端康成さんの『雪国』が日本で初めてノーベル文学賞を取りましたが、選考委員はいったい何語で『雪国』を読んだのでしょう。ちゃんと日本語で読んだのでしょうか?あの日本語の美しさ、繊細な日本語が紡ぐ情景をきちんと感じて、選考をしたのでしょうか。『雪国』は、日本語でなければ絶対に表現できない作品だと僕は信じています。日本語の美しさ・繊細さを考慮していなかったとすれば、それは翻訳者が川端さん以上のすごい書き手だったか、あるいは単なるプロットの評価ということになるのではないかと思います。村上春樹さんも、選考委員がもし翻訳でしか読んでいないのであれば、ノーベル文学賞は取らなくてよいのではと思っています。文学賞の受賞で作品の価値や意味が変わるわけじゃないですしね。

 話が逸れましたが、もう一つ、2.の教えがつまり「ローラー」なのです。その作家さんを知りたい・理解したいと思ったら、さらにはその作品を本当に理解したいと思ったら、できるだけその作家さんの全ての作品を読むべき、と僕は考えているのです。

 ちなみに、今まで僕は「伊坂作品ローラー」「東野作品ローラー」「有川作品ローラー」「森見作品ローラー」「村上春樹長編作品ローラー」あたりを実施し、今「池井戸作品ローラー」を進めているわけですが、皆さん、この中で一番きつい(きつかった)のは誰のローラーだと思いますか?

 そう、東野圭吾さんです。東野さんは本当にきつかった。東野さんは「ローラーの沼」が無限に深いんですよ。

 東野さんは非常に多作の作家さんで、もう小説だけで90作品を軽く超えています。『容疑者xの献身』や『白夜行』、『秘密』、僕が大好きな『時生』や『悪意』など名作もすごくたくさんあり、こういう作品を読んだ方はきっと東野圭吾さんすごい!面白い!とファンになると思うのです。実際すごいですし。僕ももちろんそうで、まだ10作品ぐらいしか読んでない段階で「これはローラーをやろう!」と決意を固めてしまったのです。実際、40~50作ぐらいまではどんどん読めたのですが、そこからは本当に苦しみました。僕と同じようにローラーをされた方はご存じだと思いますが、東野圭吾さんという作家は、ものすごく当たり外れがはっきりしている方なのです。面白い作品は突き抜けて面白いのですが、面白くない作品はびっくりするぐらい面白くないのです。忘れもしません、僕が東野作品ローラーの最後に選んだのは『美しき凶器』という作品なのですが、さすが最後に残ってしまう作品だけあって、もう引くぐらい面白くなかったです。これを読み終えたときには、もう達成感以外何の感想もなかったぐらい。でも、それが東野圭吾さんという作家の在り方であり、姿なのだと思います。ここまで読まないと見えてこないのです。つまらないと言われている『美しき凶器』や『ダイイング・アイ』、『殺人の門』などもまた、東野作品なのですから。

 ちなみに、一番当たり外れがない作家さんは、僕が読んだ中では有川浩さんでした。どれを読んでもしっかり面白く、「ローラーの沼」を全く感じなかった唯一の作家さんです。寡作の作家さんですが、それもまた有川さんの作家としての在り方、姿です。

 そう、通常ローラーというのは、どうしても後になるほど「面白くない」作品を読まなければならなくなってくるのです。今「池井戸作品ローラー」を実施している僕は、「ローラーの沼」にはまりつつある、このあたりが分水嶺ではないかと感じています。読み終わったばかりの『架空通貨』についても、感想は読書メーターに簡単に書きましたのでリンクを張っておきます。池井戸さんのデビュー2作目ということで、すごく気合が入っているのが分かるのですが、設定を盛り込みすぎ、説明しすぎ、登場人物多すぎで、ものすごく物語が難解です。『半沢直樹シリーズ』や『下町ロケット』のような分かりやすい物語がお好きな方は、かなり読みづらいかもしれません。

bookmeter.com

 そして現在、引き続き池井戸さんの『仇敵』を読み始めています。何とか一度沼から救われるとありがたいなあと思っていますが如何。

『架空通貨』を読んで考えた、「1,000兆円玉」の話

 ところで、この『架空通貨』という作品に出てくる「架空通貨」というのはいったい何なのかというと、ある地方の企業城下町で、その中心にある企業が「振興券」(簡単に言うと社債のようなもの)というのを独自に発行していて、それがその城下町であたかも通貨であるかのように流通し始め、それによってその町の経済がどんどん蝕まれていっている、というようなものなのですが、これを読んで、ちょっと経済について考えてみる契機にはなりました。作品の中でも、「経済って何だろう」「通貨って何だろう」という視点をもっと掘れば、この「架空通貨」のアイデアがあればすごく面白かったかもしれないと思いました。

 全く関係ないのですが、少し前から日本政府の借金が1,000兆円を超えているというニュースが盛んに喧伝されていて、国民一人当たり800万円の借金を背負っていることになるんですよ、この借金を子や孫の世代に先送りしていいんですか、みたいな論調もよく聞きますよね。これはソースが財務省で、歳出削減と消費増税を省是とする組織ですから、まあそういうことを言うわけですし、テレビの報道もなぜかそれを検証したり論評したりせずにそのまま国民に伝えてしまっているという印象を受けます。

 実際には、諸説ありますが、政府の借金は国民の借金とイコールではないですし(政府が破綻すれば国民の受ける行政サービスが著しく低下することは事実ですから、無関係ではありませんけど)、政府には借金がある一方で可処分資産というのも膨大にあり、政府の借金というのはそれらを相殺した額になりますから、国のバランスシートを見れば実は先進国の中でもそんなに借金が多い方ではないというのが通説のようです。3,000万円の住宅ローンを組んで3,000万円のマンションを買えば、その家の借金は確かに3,000万円なのですが、実際にはマンションの価値と住宅ローン残高を相殺した額がその家の資産になるわけで、それと同じようなことでしょうか。また、国債は今のところほとんど日本国内で保有されているので、1,000兆円の国債を発行しているということは、国民と日本銀行がその分の安全資産を持っているとも言えるわけです(これは麻生財務大臣が発言していました)。

 とは言え、1,000兆円の借金は確かに政府の予算編成の足かせにはなっています。景気回復やデフレ脱却の効果が薄い一つの原因ではあるかもしれません。

 ここで、以前にテレビで竹田恒泰さんが言っていた、政府が「1,000兆円玉」を1枚発行して日本銀行に預ければそれで政府の借金などなくなるのではないか、という話を思い出したのです。もちろん、大前提は「多分政府はそんなことはやらない」なのですが、思考実験の材料としては面白いなあと思いました。もちろん、「1,000兆円玉」は市中に流通しませんから「架空通貨」ですよね。

 僕は経済の専門家ではないので、事実誤認などあるかもしれませんが、プライベートなブログの記事なので、全面的にお許しを...。先に謝っておかないとね。

 まず、なぜ「玉」なのか。これは竹田先生もご説明されていました。

 紙幣は「日本銀行券」と言って、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」(以下、「通貨法」)の規定で日本銀行しか発行できないことになっています。日本銀行は、「中央銀行の独立性」が制度上担保されているため、極端なことを言えば政府にいくら借金があろうが直接的には全く関係ないわけです。現在日本銀行が異次元の金融緩和を行っているのも、政府に協調しつつも日銀独自の判断で実施しているわけです。また、1,000兆円借金があるなら1,000兆円分の一万円札を印刷すればいいんじゃね?という考え方も、上記の「通貨法」の規定によって禁止されているということと、インフレを嫌う日銀がそんな懸念のあることは行うはずがないということになると思います。実際、第一次世界大戦後にドイツが課せられた巨額の戦後賠償を支払うために、大量のマルク札を発行してハイパーインフレを引き起こしたというエピソードも、多分世界史の授業あたりで習ったのではないかと思います。そう言えば、この時の戦後賠償ですが、アメリカ向けの賠償を2010年まで92年かけて払いきった、というニュースがありましたね。すごいなドイツ人!他の戦勝国への賠償は2020年まであるそうですが、ドイツ人ならおそらくかっちり払い込むことでしょう。あと4年、頑張れ。

 話がまた逸れましたが、同じ「通貨法」で、硬貨は政府が発行できる規定になっています。つまり、政府は、政策的意図で紙幣は発行できないが、硬貨は発行できるということになるわけです。だから、政府が「1,000兆円玉」を発行することは、法的には認められるはずです。

 さて、仮に政府がこの1,000兆円玉を1枚発行したとしましょう。もちろんこのお金、市中に流通させることは絶対にできません(万が一市中に出たら、世界中の強盗やテロリストが日本に集結することでしょう)。政府は、発行後直ちにこれを日本銀行に預けることになります。すると、政府はいつでも1,000兆円分の紙幣を日本銀行から引き出せる状態になります。これで政府の借金が全部チャラ、という理論ですね。奇策ではありますが、法律上はここまで問題ないと思われます。

 日本銀行からすれば、受け入れるのが国債ではなく政府貨幣であるという違いだけで、1,000兆円が市中に放出されることに違いはありません。償還義務がない分、国債より政府にとっては有利でしょう。あと、国債の発行が抑制されるでしょうから、国債の利回りが低下すること、円の信用が低下するので為替相場は円安方向に振れること、インフレ懸念はありますが、1,000兆円程度であれば現在のデフレと相殺されてほどほどのインフレになるのではないかという予想もあるようです。逆に、事実上政府の政策によって日銀に紙幣を発行させることになるとも言えますから、日本銀行の独立性が脅かされるという点は見逃せませんが、これを制度化せず、特別立法で1回限りの施策としてやるのであれば、そんなに悪い考え方ではないのかな、と思いました。

 このプランについて、非常にバカバカしいとお思いになるかもしれませんが、実は2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授という方も、2013年のアメリカ政府のデフォルト危機の際に回避策の一つとして賛意を示したと言われていて、実際アメリカ政府でも「1兆ドル硬貨」の発行が検討されたことがあると言われています。

ポール・クルーグマン - Wikipedia

 日本は近年、ノーベル賞受賞者が多くなってきましたが、経済学賞はまだ日本人は取ったことがないんですよね。このぐらいエッジの効いたことを言ってくれる経済学者が出てきてくれたら、僕もちょっと本でも買って読みたいかなと思います。

 元の作品の話とは全く関係なくなってしまいましたが、こんなことをふと考えてしまいました。言葉が足りず、また拙い文章で読みにくかったと思います。あと、今日も本の感想を全然書きませんでした。タイトルに偽りのみ。ごめんなさい。

 では。